2016年2月3日水曜日

銘柄を明かさない理由R31 相場師たちの休日

第31話 相場師たちの休日

一昨年、元本を引き上げた男の保有株の株価は買値に近づきつつあった。
買い場は近い、男はそのときを待っていた。
ある休みの日、女性店主が「ヒマにしてるんでしょ、食事にいかない」と誘ってきた。
「どこで待ち合わせる」女性店主の問いに、男は答えた「いつもの場所」と。

女性店主との待ち合わせ場所は、いつも日本橋だった。
男は待ち合わせの時間より、早く着いた。
待ち合わせまで、かなり時間があるな。
あそこへ寄っておくか、男は歩き出した。

その日、小柄な小動物を連想させる女性は、秋葉原で新作ゲームのイベントを見ていた。
彼女はゲームに目がなかった、今度のゲームは面白そうね、彼女は思った。
秋葉原で新作ゲームのイベントを見終えると、日本橋へ移動しショッピングを楽しんだ。
アルカディアに配属されてから、女性の収入は倍以上に跳ね上がっていた。

これも買える、あれも買える、だが質素な彼女は決して買うことはなかった。
彼女にとって、ウィンドウショッピングだけで十分、満足だったのである。
思う存分、ウィンドウショッピングを楽しんだ彼女は思った。
そうだわ、お世話になっている東京証券取引所に寄って、お礼をいわなくっちゃと。

休日の東京証券取引所は静かで、通行人もほとんどいない。
男は立ち止まり、巨大な建物を見上げた。
ここは何人の相場師が通り過ぎた場所なのか、男はしばらく建物に見入った。
小柄な小動物を連想させる女性は、東京証券取引所を見ている男に気づいた。

あの男の人は何をしているんだろう、手ぶらだから観光客には見えない。
きっと東京証券取引所の関係者に違いない、そうだ、あの人にお礼をいおう。
やがて、歩き始めた男は、東京証券取引所の横にあるコンビニに入った。
コーヒーをオーダーした男はイートインコーナーで、今後の相場に思いをめぐらせていた。

「あ、あの、いつもお世話になっています」振り向くと見知らぬ若い女性が立っていた。
「東京証券取引所に関係のある方ですよね」と女性が聞く。
確かに株式取引をしているので関係はある、男は「そうだが」と答えた。
「よかった、本当にいつもお世話になっています、これからもよろしくお願いします」

女性は男に一礼すると、そそくさとコンビニを出て行った。
何だ、あの女は、男は呆気にとられて、振り返りながら何度も頭を下げる女性を見送った。
男は女性店主にコンビニでの出来事を話すと、いわれた。
「たまたま知り合いの誰かに似ていたんでしょ」、確かに2人はある意味知り合いだった。