2016年2月9日火曜日

銘柄を明かさない理由R34 Don't catch a falling knife

第34話 Don't catch a falling knife

ウォール街には以下の格言がある。
Don't catch a falling knife.(落下しているナイフを掴むな)である。
一昨年、元本を引き上げた男は、その有名な格言の意味を誰よりも実感していた。
下落する相場の中、男は初期の頃の株式投資を思い返していた。

初期の頃、男は安く買って高く売ることが、株式投資だと思っていた。
男は、安く買っては高く売ることを繰り返していた。
ところが、そこにリーマンショックがやってきた。
下落する相場で、安く買って高く売ることはできなかった。

そろそろ底だと買った株は、その後も下がり続け、高値掴みとなった。
幸い投資額が少なかったこと、大底で買い向かったことで生還できた。
下落するナイフの切れ味は鋭く、一度、傷を負うと完治するまで時を要する。
ナイフが床に刺さってから、引き抜いてやる、男は決めていた。

3営業日待って反転しなければ、再度、3営業日待つ。
男の狙いの株は反転する兆しを、なかなか見せなかった。
信用買いをしている人々の、恐怖にかられた投げ売りが続いている。
男には、彼らの阿鼻叫喚の様が見えるような気がした。

リーマンショックの大底のとき、投げ売られた株はほとんど値動きしなかった。
出来高も少なく、人間に例えれば、まさしく瀕死の状態だった。
Buy when others sell,Sell when others buy(人が売るとき買え、人が買うとき売れ)
男はウォール街の相場格言を思いながら、大底になるときを待っていた。

天使の笑顔をもつ男は、下落する相場の中、平穏な生活を送っていた。
再び買値に戻ってきたとき、全力買いする、男の決意は固かった。
ある日のこと、男は神田の古書店街を面白そうな本がないか、ぶらついていた。
古書店の店頭にある本のタイトルが、男の目を引きつけた。

「相場師一代」というタイトルの本だった。
ヒマ潰しに読むには手ごろなサイズかもしれない、男は本を購入した。
自宅に帰り、男はその本を読み始めた。
1980年代の日本のバブル崩壊から始まる内容に、男は一気に読み終えた。

著者は「最後の相場師」といわれた男だった。
こんな相場師がいたのか、男はあらためて相場の奥深さを知った思いがした。
この相場師からすると、自分は生まれたての赤ん坊だな、男は再び読み始めた。
その日の日経平均株価は急落し、ほぼ全面安となった。