2016年2月14日日曜日

銘柄を明かさない理由R37 天使と魔王(後編)

第37話 天使と魔王(後編)

女性店主が持ってきた瓶には、「魔王」というラベルが貼ってあった。
「ロックでいいかな」と男に聞かれ、天使の笑顔をもつ男はうなずいた。
男は慣れた手つきで2人分のロックを作ると、天使の笑顔をもつ男にグラスを手渡した。
「乾杯だ」男はいい、2人はグラスを合わせた。

やがて女性店主が料理を運んできた。
料理は和食で、いくつかの小鉢に美しく盛り付けされていた。
「これは若いイケメンさんだけへのサービスね」
女性店主は笑いながら、肉じゃがの入った小鉢を天使の笑顔をもつ男の前に置いた。

初めて飲んだ「魔王」はもちろん、小鉢の料理はどれも絶品だった。
肉じゃがの味は、亡くなった母親が作ってくれた肉じゃがの味に似ていた。
「どうして、ブログで投資手法を発信されているんですか」
天使の笑顔をもつ男は、最も男に聞きたかったことを聞いてみた。

「特に理由はないよ、誰かの役に立てばいいなと思っただけだよ」
男はそう答えると、グラスに口をつけた。
「あと、ブログで銘柄を明かされてませんよね、どうして明かされないんですか」
これも天使の笑顔をもつ男が、男に聞きたかったことだった。

「銘柄を明かしても、何の役にもたたないからだよ。
銘柄を明かしてごらん、初心者は何も考えず、同じ銘柄を買おうとする。
同じ銘柄を買ったとしても、売り買いの手法が身についていないと利益は出せない。
先ずは投資手法に関心をもってもらいたいと考えているんだよ」男はいった。

その後、天使の笑顔をもつ男は、投資手法や相場の見通しなど、いろいろ質問し続けた。
男はわかりやすい例えを用いながら、いずれの質問にも丁寧に答えてくれた。
男は亡くなった父親と同じ年の生まれだったが、年齢よりはずっと若く見えた。
男は質問には答えてくれたが、男が天使の笑顔をもつ男に何かをたずねることはなかった。

「ごちそうさま」、「ごちそうさまでした」、「今度、来るときは彼女も連れてきてね」
女性店主の笑顔に見送られて、2人は駅に向かって歩き始めた。
駅で天使の笑顔をもつ男は、男に礼をいった。
「こちらこそ今日は楽しかったよ、また一緒に飲もう」男がいい、2人は別れた。

酒類が熟成される過程で、蒸発によって失われる量を「天使の取り分」という。
「天使の取り分」に関わる天使を誘惑し、魔界へ酒をもたらす悪魔にちなんだ酒がある。
その酒は、鹿児島の酒造メーカーが作っている芋焼酎である。
酒の名は「魔王」といい、一時期、入手困難だったことから、幻の焼酎ともいわれている。