2016年2月15日月曜日

銘柄を明かさない理由R38 ストレートな助言

第38話 ストレートな助言

2人が帰ったあと、後片付けを終えた女性店主は男との出会いを思い返していた。
何年前になるだろう、初めて店に男が来たのは。
男は決まった時間に来ては、焼酎のロック1杯しか頼まなかった。
焼酎のロックを飲みながら持ってきた本を読む、飲み終えると代金を払い帰っていく。

「何か食べないと体を壊しますよ」
ある日、女性店主はメニューにはない小鉢料理数品を男に出した。
遠慮する男に「お代は結構ですから」と半ば怒りながらいい、女性店主は厨房に戻った。
しばらくして男のテーブルをみると、男の姿はなかった。

テーブルには綺麗に食べ終わった小鉢と、1万円札が1枚置いてあった。
余計なことをしたかな、明日から来てくれないかもしれない。
ストレートにいいすぎたかしら、女性店主は少しばかり後悔した。
だが次の日も、いつもの時間に男は店に現れた。

「焼酎のロックと昨日のやつを頼む」、注文を取りにきた女性店主に男はいった。
「はいはい、そうそう、お代は前払いで頂いていますからね」、女性店主は答えた。
その日から、男は店に来る度に同じものを頼んだ。
やがて店のメニューに、ワンドリンクと小鉢数品の「晩酌セット」が加わった。

自宅に帰った天使の笑顔をもつ男は、今日の出来事を思い返していた。
自分の父親と同じ年に生まれた男と、投資手法や相場の話をした。
もし、父親が生きていたのなら、同じような話をしただろうか。
いや、していない、家族が生きていれば、そもそも株をしようとは思わなかっただろう。

将来を考えると、株式投資のみでやっていくのがよいのか男は悩んでいた。
定食屋で、相場だけでやっていくことはできるのかと男に質問した。
「わらしべ長者みたいに資産を増やすことは、まず不可能だと思うことだ。
自分もそうだが、安定した収入のあるなしでは、ある方が圧倒的に有利だよ」

男は続けていった。
「福澤桃助、本多静六、是川銀蔵を知っているかい、彼らは偉大なる相場師だ。
だが彼らは会社員、公務員、実業家という一面も持っていたんだよ。
相場だけでやっていこうと考えるのは止めたほうがいい、いや止めなさい、だな」

自分の発言に笑う男を見ながら、天使の笑顔をもつ男は思った。
家族を亡くしてから、ここまでストレートに助言してくれる人は初めてだと。
いつか自分も男と同じように、若手にストレートに助言できるようになりたい。
この相場が落ち着いたら、また男と飲んで話をしたい、天使の笑顔をもつ男は思った。