2016年2月22日月曜日

銘柄を明かさない理由R40 最後の相場師

「最後の相場師」と呼ばれた偉大なる相場師がいた。
本稿を含む3稿は、偉大なる「最後の相場師」に捧げたい。

第40話 最後の相場師

証券会社の会長である男は、自宅で回想に耽っていた。
長いようで、あっという間の人生だった。
男は地方の貧しい農家に生まれた。
男には年の離れた兄と姉がいた。

男が小学生の頃、兄が都会へ出ていった。
その数年後、姉も都会へ出て行った。
都会へ出て行ってから、数年は消息を知らせる手紙や葉書が来た。
いつしか、2人から手紙や葉書は来なくなった。

中学を卒業した男は、実家の農業を手伝っていた。
ある日、男は父親と農作業の間に休憩していた。
父親はキセルに煙草を詰めると、火を点けた。
美味そうに一服した父親は、男にいった。

「都会に出たいか」
男は答えることができなかった。
「都会に出たいと思うんなら、出るがええ」
父親はいい、キセルをふかした。

翌日の夜明け前、男は両親への手紙を書いていた。
「都会へ行きます。必ず、成功します。
今まで育ててくれて感謝しています。本当にありがとうございました」
両親が隣の部屋で息を潜めているのが、男には手に取るようにわかった。

都会へ出て数年、体だけが資本だった男は、建設会社の寮に住み込みで働いていた。
高度成長の時代、働いた分だけ、男の収入は増えた。
だが、このままでは一介の労務者で人生終わりだ、とてもじゃないが成功とはいえない。
そんなある日、知り合いから株で財を成した相場師がいることを聞いた。

相場師の自宅の住所を調べた男は、すぐに相場師の元へ向かった。
あいにく相場師は不在だったが、男は相場師の自宅の前で待ち続けた。
やがて帰ってきた相場師に、男はいった。
「お願いします、株を教えてください」

相場師は男を見つめていった、「なぜ株を教えて欲しい」
「成功したいんです、お願いします」、男は土下座し、頭を地面につけた。
沈黙があった、数秒足らずの時間だったが、男には長く感じられた。
「頭をお上げなさい、中へお入りなさい」、のちに最後の相場師と呼ばれる男がいった。