2016年3月24日木曜日

銘柄を明かさない理由R49 嗤う男(前編)

第49話 嗤う男(前編)

それは会社帰りの会社員たちで混雑する駅のホームで起きた。
混雑する駅のホームにいた女性会社員に、1人の男がぶつかった。
男が持っていた飲み物が、女性会社員のコートにかかった。
なんてことするのよ、女性会社員は男を見た。

「申し訳ありません」、そこには長髪で長身のスーツ姿の男がいた。
高級そうなスーツを身にまとった男は、さながらファッション雑誌のモデルのようだった。
「考え事をしていて、よく前を見ていませんでした。
お詫びにコートを買わせていただきますので、コート選びにお付き合い願えませんか」

女性会社員は、自分が置かれた状況が信じられなかった。
何、この展開、特定の彼氏がいなくてよかった、女性会社員は思った。
「いかがでしょう、コート選びにお付き合い願えませんか」、男は笑顔でいった。
「は、はい」、証券会社で社長室秘書をしている女性は、素直にうなずいた。

数日後、長髪で長身のスーツ姿の男は、あるビルの中の一室へ向かっていた。
目的の部屋にたどり着いた男は軽くノックをし、入ることを承諾され、部屋の中へ入った。
照明の照度を落としてあるのか、昼間だというのに部屋の中は薄暗い。
「では、報告を始めたまえ」、薄暗い部屋の中にいた男がいった。

「その会社の資産運用を行っている部署は、通称アルカディアと呼ばれています。
アルカディアが創設されたのは、今からかれこれ10年ほど前とのことです。
創設したのは、社内で無敗のクイーンと呼ばれている女性社員です。
アルカディアのメンバーは、普段は配属先の業務をしています。

メンバーは無敗のクイーンの招集があったときだけ、トレーディングを行うそうです。
アルカディアは、リーマンショック前に元本を引き上げました。
この元本引上げにより、リーマンショックによる損失をゼロにすることができたそうです。
以来、アルカディアは莫大な利益をたたき出しているようです」

「アルカディアが10年以上、利益を出している理由は聞けたか」、部屋にいた男が聞く。
長髪で長身のスーツ姿の男が答える。
「聞いたのですが知らないといわれました、ただ社内ではある噂が流れているそうです。
自社に取引口座をもつ無敗の個人投資家たちの売買データを活用していると」

長髪で長身の男が報告を終えて出て行った部屋で、男は考えていた。
無敗の個人投資家たちの売買データか、問題はどうやって手に入れるかだ。
少し考えてから、男は内線を使い、ハッキングに詳しい男を探すよう指示した。
いよいよ静かなる宣戦布告だ、気づいたときにはすでに手遅れだ、男は嗤った。