2016年3月25日金曜日

銘柄を明かさない理由R50 嗤う男(中編)

第50話 嗤う男(中編)

おかしい、海外のサーバーを経由したアクセスがある、情報システムの男は気づいた。
そのアクセスは、取引口座のログインサイトに集中していた。
ネットバンキングならわかるが、なぜ証券会社のログインサイトにアクセスするんだ。
一体、何が目的だ、情報システムの男は取締役へ報告することを決めた。

午後、臨時の取締役会で情報システムの男の報告が行われていた。
「以上のように、当社への海外のサーバーを経由したアクセスが急増しています。
このアクセスは、何らかの目的をもって行われているものと思われます」
「その判断根拠は」、取締役の1人が尋ねた。

情報システムの男は、画面を切り替えて、説明を続けた。
「今回のアクセスは、個人投資家たちがログインするサイトに集中しています。
おそらくですが、個人投資家たちのログイン情報を入手することが目的だと思われます」
「その目的は何だね」、別の取締役が尋ねた。

情報システムの男は、画面を切り替えて、説明を続けた。
「個人投資家のログイン情報を、手に入れることができたと仮定します。
その人物はログイン情報を使って、個人投資家の売買状況をリアルタイムで確認できます」
「個人投資家の売買状況を確認して、何のメリットがあるのかね」、取締役が尋ねた。

「私から説明しよう」、社長がいった。
「当社の資産運用を担当する部署アルカディアについては、ご存知だと思う。
アルカディアでは、無敗の個人投資家たちの売買データを元に運用を行っている。
売買データを手に入れれば、無敗の運用が可能になる反面、我々に不利な売買も出来る」

「防ぐ手立てはないのかね」、取締役がいった。
情報システムの男がいった。
「社内へのアクセスは防げても、ログインサイトへのアクセスを防ぐ手立てはありません。
無敗の個人投資家たちのログイン情報流出を食い止めることは不可能です」

「何をくだらない議論をしているのでしょうか」
その声は、社長の後ろに立っている端正な顔立ちの女性社員が発したものだった。
「く、くだらないとは何だ、貴様、誰に向かっていっている」、取締役の1人がいった。
アルカディアを創設した女性社員、無敗のクイーンは一同を見渡すといった。

「仮に無敗の個人投資家たちの売買データが流出しても、何の問題もありません。
運用方針を決定するのは、あくまでもアルカディア、私たちだからです。
攻撃してくるなら、反撃するまでです」、女性社員はいい放つと会議室を出て行った。
「そういうことだ、諸君」、社長がいい、臨時の取締役会は終わった。