2016年4月1日金曜日

銘柄を明かさない理由R54 時代遅れの男

第54話 時代遅れの男

取締役を兼ねる営業責任者の男は、先ほどの取締役会の内容について考えていた。
取締役会では、情報システムの男からの報告があった。
当社への海外のサーバーを経由したアクセスが急増しているというものだった。
資産運用を担当する女性社員が何の問題もないといい、取締役会は終わった。

おそらく同業他社の攻撃に違いない、取締役の男は思った。
我が社は急成長しており、しかも独立系の証券会社だ。
敵の心当たりは山ほどある、同業他社の全てが敵だといっても過言ではない。
だが犯罪のリスクを犯してまで、攻撃してくるような敵に心当たりはなかった。

男は創業後初の新卒社員だった。
就職難だった当時、三流大学卒だった男を迎え入れてくれる会社はなかった。
履歴書を送った会社に対し、面接までこぎつけた会社はわずかだった。
どの会社からも内定はもらえなかった。

就職浪人を覚悟したとき、ある求人雑誌の求人が目に止まった。
「営業管理職候補求む、経験学歴不問」というものだった。
いかにも怪しげな求人だったが、就職先が決まらない焦りから男は応募した。
今でも面接当時のことは、よく覚えている。

面接は雑居ビルの1室で行われた。
社長だという巨躯の男と、にこやかな優しい雰囲気の男の2人が面接官だった。
優しい雰囲気の男に応募動機を聞かれた。
男は答え始めた、「貴社の将来性に魅力を感じました。その理由は」

「応募動機を話せといっている、本当の応募動機を話せ」、巨躯の男がいった。
こんな質問、想定問答集にもなかった、どう答えればいい、男は頭が真っ白になった。
優しい雰囲気の男が聞いてきた。
「我が社は無名の会社だよ、本当の応募動機を聞かせてもらえるかな」

男は正直に話すことにした。
正直、この会社のことはよく知らないこと、どこでもよいので内定が欲しかったこと。
聞き終わったあと、優しい雰囲気の男がいった。
「内定だよ、だが選ぶ権利は君にある、我が社に入社したいと思ったら連絡をくれるかな」

翌日、入社の意志を伝えた男は、営業管理職候補として採用された。
優しい雰囲気の男、現在の社長の指導の下、最年少の取締役になった。
会社のために働くなんて時代遅れだ、だが1人ぐらい時代遅れの男がいてもいい。
男は持てる人脈の全てを使い、敵の正体を突き止めることにした。