2016年4月25日月曜日

銘柄を明かさない理由R61 静かなる戦い

第61話 静かなる戦い

相場には、「仕手」と呼ばれる人々がいる。
短期的に大きな利益を得るため、大量の資金で投機的売買を行う者をいう。
「仕手」の手口は、証券取引等監視委員会の取り締まり対象となっている。
だが、ネット売買が主流の現在では「仕手」と気づかない売買も多い。

その株の出来高は、徐々に増えつつあった。
その株の不自然な動きに最初に気づいたのは、業界でも数人だった。
何だ、この急増している出来高は、今までの10倍、いや20倍近い出来高だ。
誰が何の目的で、これだけの売り買いをしているんだ。

ある証券会社の資産運用を担当する部署、通称アルカディアはバトルモードに入っていた。
「オートログイン完了、シンプルプラン発動」、インカムから電子音声が聴こえた。
架空の個人投資家の取引口座へのログインが完了した。
「不正ログイン感知」、無敗のクイーンは銘柄コードを入力、ENTERキーを叩いた。

取引画面には、自動的にいくつかの買い注文と売り注文が浮かび上がる。
ほどなく、いくつかの買い注文と売り注文が現れた。
現れた買い注文と売り注文の内容から、自動的にシステムが指値と数量を変更する。
現れた買い注文と売り注文は、指値を変更した。

まだ気づいていないとは愚かだな、無敗のクイーンは思った。
無敗のクイーンが、情報システムの男に頼んだシステムには最優先の条件があった。
最優先の条件とは、決して約定させないことだった。
買いたくても買わせない、売りたくても売らせないというシステムだった。

システムには、過去の株価の値動きを元にしたアルゴリズムが組み込んであった。
買い注文と売り注文の状況から、瞬時に約定できない注文に自動で変更する。
買わせず売らせないことで、株価操縦に予定以上の資金を使わせる。
無敗のクイーンは、不敵な笑みを浮かべながら思った。

過去の仕手戦では、買い方と売り方に別れて争ったと聞く。
いずれの敗因も資金不足であることは、歴史が証明している。
ならば、資金を使わせて、相手を消耗させることこそが勝利への道だ。
貴様たちの相手をするのは、私1人で十分だ、約定させたければしてみるがいい。

小柄な小動物を連想させる女性社員が、インカムの通話スイッチを入れた。
「皆さん、ようやく春ですね。
やっかいな人たちのお相手は、私たちのリーダーが引き受けてくれています。
リーダーに感謝して、私たちは相場の春を楽しみましょうね」