2016年5月28日土曜日

銘柄を明かさない理由R70 浪花の相場師

江戸時代、大阪に淀屋と呼ばれた豪商がいた。
幕末になると、淀屋はほとんどの財産を朝廷に献上、歴史の表舞台から姿を消した。

第70話 浪花の相場師

大阪のある地方銀行の応接室。
身なりのさえない男が、必死に友人の会社への融資を頼み込んでいた。
「お願いしますわ、今月中に金が用意できへんかったら会社が回りまへんねん。
お宅とは長い付合いだと聞いとります、なんとか融資をしてくれまへんか」

地方銀行の担当と上司は、冷めた目で男をみていた。
「今がこの会社にとっての正念場なんです。
中小企業が困ったときの地銀さんでっしゃろ。
お願いしますわ、ワテがいうのもなんですけど、あの町工場はええ会社ですねん」

この田舎者がと心の中で思いながら、上司がいった。
「ご友人の会社のために、そこまでされる方はなかなかいらっしゃいません。
しかし、あの会社の財務内容は、融資するに足る条件を満たしていません。
ご友人の将来を思えばこそ、変に希望を持たせないことが必要です」

身なりのさえない男はいった。
「本当にどうにもなりまへんのか」
迷惑そうな雰囲気を露骨に出しながら、上司がいう。
「申し訳ないですが、いくらご友人の頼みであっても、お力にはなれませんね」

大手証券会社に勤務する男は、ランチを食べに通りへ出た。
今日は何にするかな、考えながら歩く男は、地方銀行から出てくる1人の男に気づいた。
あの男見たことがある、たしか狙った会社の株を徹底的に売り込む相場師の淀屋だ。
相場師の淀屋が、地方銀行に何の用だ。

男が見ていると、淀屋と呼ばれる男は裏通りに入っていった。
裏通りには黒塗りの高級車が待機しており、運転手が後部座席のドアを開けた。
淀屋が乗り込むと、車は静かに大通りへ出て、やがて見えなくなった。
まさか、あの地方銀行が奴の次のターゲットなのか、男は嫌な予感がした。

男の予感は的中した、翌日から、その地方銀行の株価は下がり始めた。
他の地方銀行の株価がボックス圏で推移している中、その地方銀行だけが下がり続けた。
「大株主が売っているに違いない」、「何か不祥事があるんじゃないか」
憶測による売りが売りを呼び、株価は下がり続け、やがて底を打った。

株価が底を打った数日後、ある町工場に黒塗りの高級車がやってきた。
降り立った身なりのさえない男、淀屋は重そうな紙袋を片手に社長室へ向かった。
平身低頭する社長に紙袋の中の札束を手渡すと、淀屋はいった。
「これはワテからの無利息の融資ですわ、返すのはいつでもよろし、応援してまっせ」