2016年6月3日金曜日

銘柄を明かさない理由R73 大阪から来た男(前編)

第73話 大阪から来た男(前編)

都内にあるアルカディアを有する証券会社。
ある日の昼下がり、受付に身なりのさえない男が現れた。
「いらっしゃいませ、アポイントはおありでしょうか」
受付の女性社員がにこやかに応対する。

「アポイントなんて、あるわけおまへん。
この会社のことが気になったんで、わざわざ大阪から出向いてきたんですわ。
この会社のことについて、教えてくれまへんか」と男はいった。
受付の女性社員は咄嗟に思った、この男アブナイ奴かもしれないと。

「申し訳ございませんが、アポイントのないお客様のお取次ぎは致しかねます」
「なに、いうてんねん、ほな、あんたでええわ、この会社のこと教えてんか」
「どのようなことをお知りになりたいのでしょうか」
「そうやな、自社の資産を運用する際の判断基準を教えてもらおか」

このような来客があった際、総務部へ取り次ぐことになっている。
「お待ちください」受付の女性社員が内線に手を掛けようとしたときだった。
「資産を運用する際の判断基準を聞きたいのか」
通りがかった無敗のクイーンと呼ばれている女性社員が男に声をかけた。

「その通りでんがな、それこそがワテが聞きたいことですねん。
えらい別嬪さんやけど、ワテが聞きたい判断基準をご存知なんでっか」
「教えてやらんでもない、だが確認したいことがある」
「なんでも聞いてもらって、かましまへん」、男はいった。

無敗のクイーンは、男を応接コーナーへ案内した。
応接コーナーで2人になると、無敗のクイーンは社員証を提示、自己紹介した。
「すんません、今は名刺を切らしてまして、ワテは単なる一庶民ですわ」
「貴様は名無しなのか、自己紹介もまともにできないのか」無敗のクイーンがいう。

男の顔が一瞬、凍りついたが、すぐに元に戻った。
「はっきりいう別嬪さんでんな、ワテは浪花の相場師、皆からは淀屋と呼ばれとります」
「で、自己紹介は」、無敗のクイーンがいう。
「わからんお人やなあ、淀屋と名乗りましたやん」

「淀屋か宿屋か知らないが、まともに自己紹介も出来ない奴に話すことはない。
自己紹介ができるようになってから、出直すことだ」、無敗のクイーンは席を立った。
「気が短いお人やな、ほんまに淀屋をご存知ないんでっか」
「見たことも、聞いたこともない」、無敗のクイーンはいった。