2016年6月11日土曜日

銘柄を明かさない理由R82 淀屋の憂鬱

第82話 淀屋の憂鬱

高級ブランドのスーツに身を包んだ男は淀屋だった。
今日は別嬪さんのために決めてきましたで、そろそろ、約束の時間や。
駅の方向から歩いてくる無敗のクイーンを見つけた淀屋は呆気にとられた。
な、なんで、モップちゃんがおんの、しかも隣には男もおるやんか。

「お待たせした」、無敗のクイーンが淀屋にいう。
「いえ、それより今日は3人でお越しやったんでっか」、淀屋がいう。
「この男は私の秘書だ」、無敗のクイーンが男を紹介した。
「はじめまして」、男は無敗のクイーンが用意した社員証を見せて挨拶した。

「そうでっか、秘書さんでっか、ちょっと待っといてや」
淀屋は3人に話し声が聞こえないところまでいくと、運転手に電話をかけた。
「変更や、店に電話して料理2人前追加しといてや。
あと花束を後ろのトランクに突っ込んでから、車回してんか」

「もうすぐ車がきますよって、ところで大阪は初めてでっか」、淀屋がいう。
「何度か来たことあります」、「私もです」、モップちゃんと秘書が答える。
あんたらには聞いてへんねん、心の中で淀屋は思ったが顔には出さなかった。
「私は初めてだ」、無敗のクイーンの答えを聞き、淀屋は安堵した。

黒塗りの高級車が到着し、淀屋は後部座席のドアを開けた。
座席に落ちていた花びらを慌てて拾うと、3人にいった。
「さあ乗っておくんなはれ、贔屓の店に案内させてもらいます」
淀屋と3人を乗せた黒塗りの高級車は流れるように走りだした。

やがて、黒塗りの高級車は立派な門構えの高級料亭に着いた。
淀屋は助手席から降り、後部座席のドアを開ける。
「ありがとうございます」、「すいません」、モップちゃんと秘書が降りてくる。
あんたらのためにしとるんやない、心の中で淀屋は思ったが顔には出さなかった。

ふと見ると、無敗のクイーンは運転手が開けた反対側のドアから降りていた。
何年、ワテの運転手やってんのや、心の中で淀屋は思ったが顔には出さなかった。
和室のテーブル席に通された4人の前に、次々と料理が運ばれてきた。
「お口に合うかどうかわかりまへんけど、召し上がっておくんなはれ」、淀屋がいう。

「美味しい、淀屋さんはいいお店を贔屓にされてるんですね」、モップちゃんがいう。
「確かに絶品ですね、やはり大阪の食文化はレベルが高い」、秘書がいう。
あんたらの感想はどうでもええねん、心の中で淀屋は思ったが顔には出さなかった。
「こんな美味いものは初めてだ」、無敗のクイーンの感想に淀屋は歓声をあげそうになった。