2016年6月12日日曜日

銘柄を明かさない理由R84 パンドラの箱(後編)

第84話 パンドラの箱(後編)

「淀屋の一族が大手企業を乗っ取り、外資企業に売り渡すという計画は本当でしょうか」
いきなりの核心をついた質問に、場は静まり返った。
この男、いきなり直球をぶつけてきやがった、今の沈黙で認めたも同然や。
ワテとしたことが、すっかり油断してたわ、淀屋は思った。

「ワテは淀屋やけど分家ですわ、本家のことはようわかりまへんねん。
せやけど関西の相場師の間で、そういう噂があることは聞いたことがおます」、淀屋がいう。
「なるほど、噂レベルなんですね、安心しました」、秘書はいった。
秘書を装った調査会社の男は確信した、計画は本物だと。

「あとひとつだけ教えてください。
その噂で、難波の女帝が乗っ取ろうとしている会社のことです」
秘書は数日前から株価が下がり始めたある大手企業の名を告げ、間違いないかと聞いた。
どう答える、秘書は淀屋を見据えた。

この男、全て知った上で聞いてきとる。
全て知ったとしても、どないもできへんやろ。
「噂になっとるのは、今、いわはった会社ですわ」、淀屋はいった。
「そうなんですね、お教えいただき、ありがとうございます」、秘書は礼をいった。

新大阪駅の構内。
2人の女性は、すでに東京へ向かっている。
男は勤務先の調査会社へ電話した。
ワンコールで、女性社員が電話に出た。

男は名乗り、社長へ取り次ぐよう伝えた。
「危ないことは、していませんよね」、女性社員がいう。
「危ないことができるほど若くないよ、心配してくれてありがとう」、男はいった。
「安心しました、社長におつなぎいたします」、女性社員はいった。

「ご苦労だった、成果を教えてくれ」、社長はいった、
「調査した結果、計画は本物です」、男は標的の大手企業名も伝えた。
「わかった、お得意様に伝えておく」、社長がいう。
「あと、パンドラの箱だったと伝えておいてください」、男がいう。

「パンドラの箱?希望があるってことか」、社長がたずねる。
「今回の件、淀屋の一族はパンドラの箱を開けました。
だがパンドラの箱の中には、アルカディアという名の希望が残っていたのです」
男は報告を終えた。