2016年6月15日水曜日

銘柄を明かさない理由R85 その女、無敗につき(前編)

第85話 その女、無敗につき(前編)

彼女は勝ち続けてきた。
物心がついたとき、彼女は自分の家が母子家庭であることを知った。
だが、父親がいる家庭を羨ましく思うことはなかった。
なぜなら、彼女の周りには弱いものをいじめる男しかいなかったからである。

母子家庭をからかう男子生徒を、彼女は皆の前で叩きのめした。
勉強ができるだけが取り得の男子生徒には、彼女は簡単に最高点を取ってみせた。
ある日、彼女は上級生たちに生意気だという理由で呼び出された。
さすがに無傷とはいかなかったが、上級生たちを叩きのめした。

高校卒業後、彼女は難関大学に入学した。
難関大学とはいえ、彼女にとってトップクラスの成績を維持するのは容易かった。
就職活動の時期になったが、彼女には公務員になる気はなかった。
公務員の何が楽しいのか、民間企業で勝ち続けることにこそ意味がある。

彼女の大手企業への就職活動が始まった。
ほとんどの企業で、彼女は最終面接までいった。
だが届くのは、不採用の通知ばかりだった。
母子家庭だからか、彼女は思った。

彼女が不採用になったのは、母子家庭だからではなかった。
彼女を受け入れることができる企業がなかったのである。
彼女のような個性的な人材は、大手企業からは歓迎されない。
大手企業は、個性的ではない無難な人材を好むのである。

ある日のことだった。
面接先の企業へ向かう彼女の目の前で、男と男の肩が激しくぶつかった。
年配のスーツ姿の男性が勢いよく転び、ぶつかった若い男がいった。
「ちゃんと前見て歩けよ、おっさん」

「きさま、謝らんか」、彼女はいった。
「なんやネエちゃん、文句あるんか」、若い男がいった。
「弱い犬ほど、よく吠える」、彼女はいった。
「なんやと」、若い男が近づいてきた。

1分も経たないうちに、若い男は路上に叩きのめされていた。
「大丈夫ですか」、介抱する彼女に年配の男性はいった。
「すまない、娘のような女性に助けてもらうとは、私も歳だな。
すぐそこに私の会社がある、お礼をさせてもらえるかな」