2016年6月18日土曜日

銘柄を明かさない理由R88 相場師の聖地(前編)

第88話 相場師の聖地(前編)

都内のある調査会社。
男は大阪出張の報告書をまとめ終えると、帰り支度を始めた。
「いつも、定時であがるんですね」、女性社員がいった。
「今日は寄るところがあるんだ、お先に」、男は笑顔でいった。

昨夜、男は夢をみた。
暗がりの部屋の中、何人かの男がいた。
着物姿の男もいれば、スーツ姿の男もいた。
暗いため、表情は見えず口元しか見えない。

着物姿の男がいった、「買いは三日待て」
帽子を深くかぶった男がいった、「己が世界で一番、偉いと思え」
別の男がいった、「含み損なら、含み益になるまで持ち続けろ」
別の男がいった、「ブレたらあかん、自分を信じることや」

相場師たちの夢を見るのは久しぶりだった。
男には夢に出てきた男たちが誰だかわかっていた。
本間宋久、福澤桃介、本多静六、是川銀蔵。
いずれも国内屈指の偉大なる相場師たちだった。

自分の投資手法にブレはない。
なのに、なぜ相場師たちが夢に出てくる。
自分でも、気づかない何かがあるのか。
男は考えたが、答えは見つからなかった。

会社を出た男は、地下鉄である場所へ向かった。
地下鉄は会社帰りの会社員やOLで混雑していた。
多くの乗客がスマホに見入っている。
他に楽しみはないのだろうか、男は思いながら目的地へ向かった。

最寄り駅の改札を抜け、目的地へ向かう。
駅へ向かう会社員やOLとすれ違う。
やがて、男は目的の地、兜神社へ辿りついた。
男は境内に足を踏み入れた。

暗い境内には誰もいなかった。
賽銭を投じ、男は目を閉じた。
そこには静寂だけがあった。
気づくと風の動きが止まっていた。