2016年6月20日月曜日

銘柄を明かさない理由R90 魔王と天使(前編)

第90話 魔王と天使(前編)

証券会社の会長である巨躯の男は、都内の一流ホテルである会合に出席していた。
くだらん会合だ、今やサラリーマン社長しかいない。
サラリーマン社長ばかりだから、外国人投資家どもに好き放題されるのだ。
保身にしか関心のないサラリーマン社長ばかりでは、証券業界の未来も危ういな。

会合が終わり、ロビーで巨躯の男が秘書に車を回すよう命じたときだった。
「あら、久しぶりですやん、どこかで見た顔やと思えば、あんたかいな」
巨躯の男が見ると、そこには和服姿の1人の女がいた。
「これはこれは難波の女帝どの、久しぶりですな」、巨躯の男はいった。

「ほんまやわ、元気してたんかいな」、難波の女帝がいう。
「最後の相場師の葬儀の席以来ですな」、巨躯の男はいった。
「そうやね、こないだのことのように思えるわ」、難波の女帝がいう。
数多くの仕手戦を仕掛けてきた難波の女帝、この女狐め、巨躯の男は思った。

「今日はどういったご用件で」、巨躯の男が聞く。
「こちら方面で親族の会合がありましてん」、難波の女帝がいう。
「そうですか、いろいろ積もる話をしたいものですな。
だが、車を待たせてますので、またの機会に」、巨躯の男は立ち去ろうとした。

「そうそう、噂で聞いたんやけど、あんたんとこに可愛いお嬢さんがおるようやな。
可愛いお嬢さんは、箱にしまって大事にせなあかんで」、難波の女帝はいった。
背中を向けて歩き始めていた巨躯の男は立ち止まった。
やがて、背中を向けたまま笑い出した。

「何がおかしいんやろ」、難波の女帝がいう。
「難波の女帝どのに、我が社の女性社員に関心を持っていただけるとは。
実に光栄ですな、彼女たちに話せば、さぞかし喜ぶことでしょう」
巨躯の男は、笑いながら立ち去った。

あの男、前から好かんやつやった、バカにするのも、エエ加減にしいや。
ウチが勝てんかったのは、最後の相場師とあの男だけや。
最後の相場師はもうこの世におらへん。
あとはあの男だけや、いつか痛い目にあわせたるからな。

車に乗り込むと、巨躯の男は社長に電話した。
電話に出た社長に巨躯の男はいった。
「難波の女帝という相場師が、うちの女性社員に関心があるようだ、詳細を報告しろ」
「承知しました」、社長はいった。