2016年7月12日火曜日

銘柄を明かさない理由R103 残されし者たち

第103話 残されし者たち

閉店し、のれんの下ろされた定食屋。
店の引き戸が開き、調査会社に勤める男が姿を現した。
「ごめんね、こんな時間に来てもらって」
イスに座って待っていた女性店主がいう。

「こんな時間に来いというからには、よほどのことなんだろう」、男がいう。
「飲み物を作ってくるわ」、女性店主がいい、厨房へ向かう。
女性店主が作ってきた焼酎のロックを手に、2人は軽くグラスを合わせた。
一口飲むと、女性店主は今日あった出来事を話し始めた。

店ののれんを掛けようと外に出たときのことだった。
外には、店に何度か来たことがある若いイケメンの男がいた。
若いイケメンの男は、遠くへ行くことになったといい、あなたによろしくといっていた。
「でも、若いイケメンの男の人、何か気になるのよね」、女性店主がいう。

「どうでもいいが、若いイケメンって繰り返しすぎだろ」、男がいう。
「あら、ひょっとして妬いているのかしら、このオジサン」、女性店主がいう。
「ばかばかしい、はなから勝てない勝負はしないだけだ」、男がいう。
「勝てない勝負はしないから、無敗なのね」、女性店主が笑いながらいう。

「なんとでもいえ」、男は飲みながら考え始めた。
よほど急だったのか、たが、この店には来た。
妙だな、もともと、この店を紹介した自分には何の挨拶もない。
今もメールは来ていない、メール1つ送れば済むのに、なぜ、回りくどい伝言にした。

男がそこまで考えたとき、店の引き戸が開いた。
「すいません、今日は閉店・・・」、といいかけて、女性店主は固まった。
男が見ると、そこには天使の笑顔をもつ男の彼女が立っていた。
「あっ、すいません、来ていないかなと思って、やっぱり来ていないですよね」

そういって店を出て行こうとする彼女に、女性店主がいった。
「来たわよ、店ののれんを掛けようと外に出たらいたわ。
何があったの、よかったら話を聞かせて」
彼女をテーブルに座らせると、女性店主が話すよう促す。

彼女は話し始めた。
天使の笑顔をもつ男とは昨日から連絡がつかない。
さっき、部屋にいったら、引っ越したあとだった。
だが玄関ドアの投函口に挟んであった紙のことはいわなかった。