2016年7月18日月曜日

銘柄を明かさない理由R106 The power of love(中編)

第106話 The power of love(中編)

翌朝、都内にある立派な邸宅。
ガレージのシャッターが開き、黒塗りの高級車が出てきた。
車の進行方向には、若い女性と男が立ちはだかっていた。
高級車は2人の手前で停まった。

「どうした」、後部座席に座っていた巨躯の男がたずねる。
「何者かが進路に立ちはだかっています」、助手席の男性秘書がいう。
「理由を聞いて来い」、巨躯の男が男性秘書に命じる。
「かしこまりました」、男性秘書は車を降りて2人の元に向かった。

なぜ、あの2人が、どうしてここがわかった、天使の笑顔をもつ男は思った。
横に座る巨躯の男は、天使の笑顔をもつ男の横顔を見た。
どうやら知り合いらしいな、この局面をどう乗り切るかだな。
巨躯の男は前方へ目をやった。

車の前では、男性秘書に若い女性が詰め寄っている。
おそらく天使の笑顔をもつ男に会わせろ、くらいのことだろう。
女は感情的な生き物だ、理性など持ち合わせておらん。
横の男に目をやった巨躯の男は思った、あの男、何をしている。

調査会社に勤める男は、男性秘書と彼女のやり取りを横目で見ていた。
予想通り、会わせてもらえそうにないな、仕方ない、あれを出すか。
あの証券会社の会長は、最後の相場師に長年、師事していたらしい。
ならば、必ず見覚えがあるはずだ、男は懐から1枚の丸めた紙を取り出した。

おもむろに広げると、車内の2人に見えるよう掲げて見せた。
その紙を見た瞬間、巨躯の男は目を見張った。
天使の笑顔をもつ男も目を見張った。
その紙は最後の相場師の色紙のコピーで、見慣れた筆跡で「誠と愛」と書いてあった。

「誠と愛」は、最後の相場師が処世訓とした言葉だった。
人に誠を尽くし、愛情を持って生きていく、という意味が込められている。
直筆の色紙は、今の家にも大事に飾ってある。
飾っているにも関わらず、いつしか見なくなっていた、巨躯の男は思った。

「どうやら、君の知り合いらしいな、行って場を収めてきたまえ」、巨躯の男はいった。
「わかりました」、天使の笑顔をもつ男は車を降りると、女性の元へ向かった。
しかし、あの色紙を取り出し掲げた男は何者だ。
あとでゆっくりとあの男のことを聞くとしよう、巨躯の男は思った。