2016年8月22日月曜日

銘柄を明かさない理由R119 ウィッグの女(後編)

第119話 ウィッグの女(後編)

夕暮れ時、ウィッグの女は勤め先に向かっていた。
ウィッグの女は、銀座にある高級クラブのホステスだった。
高校卒業後、地方から出てきた彼女は水商売の世界へ飛び込んだ。
頭脳明晰で容姿に恵まれた彼女は、すぐに店でも1、2を争うホステスとなった。

彼女が、その客の存在に気づいたのは、数年前だった。
3日に一度は来店する大柄な男、特に決まった仕事はしていないらしかった。
誰を指名するでもなく、席についた女の子と当たりさわりのない会話をして帰っていく。
何度か席についたことはあるが、大柄なこと以外、印象に残らない客だった。

ある日のことだった。
いつもより出勤時間が遅かった彼女は店へ向かっていた。
目の前に黒塗りの高級車が停まった。
助手席から出てきた秘書らしき男が後部座席のドアを開けると、大柄な男が降りてきた。

「いつもの時間に迎えにきてくれ」、大柄な男はいった。
「かしこまりました」、秘書らしき男は答え、店の方向へ歩いていく大柄な男を見送る。
そのとき、彼女は思い出した、帰り際に大柄な男が必ずいう言葉。
「羽振りのいいお客さんがいるね、羨ましいね、どこの人たちだろうか」

頭脳明晰な彼女は瞬時に理解した。
あの大柄な男は、女の子が目的じゃない。
どこの人たちが来ているのかを確認している。
だが、何の目的で確認しているのかはわからなかった。

その日、大柄な男の席についた彼女は,聞いてみた。
「この店で何を確認されていらっしゃるのかしら」
グラスを傾けていた大柄な男の動きが止まった。
「なぜ、何かを確認していると思った」、大柄な男が聞く。

「いつも帰り際に同じ質問をされるので、何か確認されているのかと」、彼女はいった。
「この店からいくら貰っている」、大柄な男が聞き、彼女は正直に答えた。
「安い給与で働かされているな、もし副業で稼ぎたいなら、ここに来い」
大柄な男は、手帳にホテルの会場名と日時を走り書きすると、破って彼女に渡した。

「安心しろ、ただの勉強会だ、ワシは安い女と寝たいとは思わん」
彼女は指定された日時にホテルへ出向き、大柄な男の主催する勉強会に参加した。
彼女にとって、勤めている高級クラブで相場に関する情報を入手するのは容易だった。
今や、彼女の株式投資の収益は、本業のクラブホステスの給与を遥かに上回っていた。