2016年9月15日木曜日

銘柄を明かさない理由R130 仮面の男(前編)

第130話 仮面の男(前編)

劇場の舞台で神の仮面をつけた男は、クライマックスのシーンを演じていた。
「愚かなる人間どもよ、神々の怒りを思い知るがいい。
泣き、喚き、叫ぶがよい、だが滅びの運命は誰にも止めることはできない」
観客は男の鬼気迫る演技を、固唾をのんで見守っていた。

「我らは常に警鐘を鳴らしてきた。
だが思い上がった人間どもは、己らの欲望のままに生きた。
この世界はいったん無にする、そして新世界を創造するのだ」
舞台は真っ暗になり閉幕したが、観客の拍手は鳴り止まなかった。

「お疲れ様でした」、舞台の袖で若い女性劇団員がタオルを差し出す。
「ありがとう」、男は仮面を外し、タオルで汗を拭った。
「ホント、先輩の演技には引き込まれます」、若い女性劇団員がいう。
「ありがとう」、男はタオルを若い女性劇団員に返すと楽屋へ向かった。

楽屋へ入ると、テーブルの上には高価そうな花束と真っ白な封筒が置いてあった。
男が封筒を開けると、トランプのキングのカードとある指令が入っていた。
顎鬚をたくわえた威厳のあるキングのカード。
舞台俳優の男は、贈り主である巨躯の男との出会いを思い出した。

数年前のある日、男は路地裏に横たわり、雨に打たれていた。
数時間前、飲み屋で若手の舞台俳優たち数人と演劇論を戦わせていた。
若手の舞台俳優に、時代遅れの演劇論だといわれた。
頭にきて先に1人で飲み屋を出た、誰かと肩がぶつかったところまでは覚えている。

気がつけば、路地裏に横たわって、雨に打たれていた。
身体の節々が痛むし、殴られたのか片方の眼は塞がっている。
たぶん、肩がぶつかった相手に殴られたのだろう。
地面に横たわって見上げる世界は、今まで見たことがない世界だと男は思った。

気づくと、コートを着た巨躯の男が傍に立っていた。
「夢は何だ」、コートの巨躯の男が見下ろしながら聞く。
「日本一、いや世界一の舞台俳優になりたい」、横たわった男が答える。
「なぜ、世界一の舞台俳優になりたい」、コートの巨躯の男が聞く。

なぜ、世界一の舞台俳優になりたいのかだと。
そんなこと決まっている、あれ、何でだ。
俺は何のために世界一の舞台俳優になろうとしていたんだ。
目的が思い出せない、そもそも目的があったのかさえもわからない。