2016年11月26日土曜日

銘柄を明かさない理由R168 最高のお礼

第168話 最高のお礼

中学生の母親は、早朝からスーパーで働いていた。
働かないと、とてもじゃないが食べていけなかった。
スーパーへ向かって歩いていると、背後から名前を呼ばれた。
振り向くと、高級そうなコートを着た見知らぬ女性がいた。

若くて綺麗な人、モデルさんかしら、中学生の母親は思った。
「いきなりお声がけして、すいません。
息子さんと親しくさせている者です」ウィッグの女がいう。
「あのう、息子とはどういったご関係でしょう」中学生の母親がいう。

「息子さんとは株仲間、いや息子さんは株の先生といってもいいかな。
先日、私を含め、多くの仲間が息子さんに助けてもらいました。
是非とも、お母さまにお礼を伝えたいと思い、お伺いさせていただきました」
ウィッグの女がにこやかにいう。

「そうなんですか、息子が皆さんの助けになったのですか」中学生の母親がいう。
「息子さんの助けがなければ、大変なことになっていました。
息子さんを産んでいただき、ありがとうございました」ウィッグの女が頭を下げる。
「そのためにわざわざ」中学生の母親がいう。

「実は仲間たちからのお願いがあります」ウィッグの女がいう。
「なんでしょう」中学生の母親がいう。
「息子さんと一緒に暮らしていただけませんか」ウィッグの女がいう。
「そ、それは」中学生の母親がいう。

「息子さんには株の才能があり、かなり稼いでいらっしゃいます。
でも、私たちには息子さんが、少しも幸せそうに見えないのです。
失礼ですが、お母さまは、なぜ働いていらっしゃるのですか。
息子さんの稼ぎがあれば、働かなくてもやっていけますよ」ウィッグの女がいう。

あれ、私、何のために働いているのかしら。
あの人に暴力を振るわれないため、あの人のパチンコ代を稼ぐため。
子供を放って、何やっているんだろう私、これって典型的なダメ家庭じゃない。
そもそも、あの人のどこがよくて一緒にいるんだろう、中学生の母親は思った。

「私たちは、まだ息子さんにお礼ができていません。
私たちだけでは、息子さんに最高のお礼をすることができないからです。
お願いします、私たちに最高のお礼をさせてください」ウィッグの女が頭を下げる。
息子の顔を思い浮かべる母親の頬を光るものが流れた。